養老孟司さん

ベストセラー「バカの壁」の養老孟司さんの講演を聞きに、萩まで出かけました。猫髭うたたね舎がある山口市内から萩までは、秋をたっぷり着込んだ山あいを抜ける、雑踏なし、混雑なしの、30分そこそのちょうど快適なドライブ。
首都圏にいると、いつでも聞きに行けるという慢心と人混みの憂鬱で、よほどのことがなければ動かないのに、山口に居るとなぜか敏感に反応してしまいます。
壇上の大きな懸垂幕に書かれた講演のタイトルは、主催者が決めたものらしく、『これでいいのか日本人』。 この、養老さんらしからぬタイトルを見て、冒頭から本人が、「これでいいのかと言われましてもねぇ」とつぶやいて、笑いを誘いました。
話の趣旨は、「自然との共存が大切、自然とうまくつき合うことを考えろ」ということでした。そして、「自然」とは何か?という掘り下げと、「都市化」への警告につなげます。
「自然」は、よくわからないから不気味である。また「都市化」は、場所ではなく、頭の中にある。
つまり、脳が都市化していることが問題である。 五感とは感覚。感覚とは、変化や違いがわかること。脳の都市化は、相対的な概念が先立ち、なんでもひとくくりにまとめたりして「同じ」と決めつけ、それであたりまえだと感じてしまうこと。
思えば、首都圏在住時、講演を聞きに行く気もしなかったのは、行っても行かなくても「同じ」だと、私が思っていた証拠です。本を読めばそれでいいと勝手に信じていました。
けれども実際は、生で話しを聞くのと聞かないのとでは全く違うのです。自分の活動においては、ライブ(生)の違いを熟知しているくせに、他ではそれをすっかり忘れていたという愚かな自分に、気づかされました。つまり脳の都市化とは、「違い」に気づく能力が衰えて行くことなのです。それはまさしく、感性が鈍るということに他なりません。
まがりなりにも、創作に従事している私にとって、感性が鈍るということは致命的です。今までなんとなく感覚的にとらえていたことが、養老さんのお話で、次々とはっきりと見えてきました。
そして、猫髭うたたね舎を湯田温泉山口市)に構えてよかったとしみじみ感じたのでした。
もちろん、湯田温泉界隈が都市化していないということはありません。ほんの少しだけ、都市化のスピードが遅いようです。いつも外では小鳥や虫が鳴き、花の成分が混じったほんのり甘い風が吹きます。電車の音は聞こえませんが、時折SLの声が聞こえてきます。
ここではまだ、まわりの社会も自分の脳も、そして時間も、じっくりと動いているように思えるのです。  
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写真は、猫髭うたたね舍の玄関脇に、いつのまにか生えてきた新入りさん。夜になると葉が閉じて眠ります。すくすく育ち、二日ほど前に可愛らしい黄色い花が咲きました。あなたのお名前、なんでしょう?