姫山伝説

私が隠棲している山口、湯田温泉のほんのすぐ近くに、「姫山」と呼ばれる小高い山があります。離れて眺めると、お姫様の横顔に見えるのがその名の由来だそうですが、同時に「姫山伝説」なるものが地域に伝承されています。里の美しい娘が、山の屋敷に棲む強欲エロジジイにみそめられ、無理矢理拉致され婚姻を強要されます。ところが娘はすでに心を寄せる人がいたために、強烈に拒むのです。
怒りでパニックになったエロジイジイは、持ち前のサディスト根性をあらわにして、娘を空井戸に落とします。そしてそこへ、次から次へと蛇を投げ入れたのです。これを蛇攻めというそうです。
すでにこの時点で十分に残虐な殺人事件なのですが、後世に尾をひく本当の大事件はここから始まります。
無数の蛇がうごめく井戸の底で、蛇の毒が徐々に娘の体にまわりだし、娘は恐怖と絶望の中で息絶えるのですが、末期の刹那、不幸の原因は自分の美貌にあったというとんでもない解釈をし、あろうことかとても筋違いの願いをかけたのです。
その結果、姫山が見える一帯の地域には、決して美人の女の子は生まれないようになってしまいました。
これが、地元に本当に伝わる姫山伝説のあらましです。願ったのではなく、呪ったのだという説もありますが、「願い」の方がより変化球的な余韻があります。
いずれにせよ、そんな話を露ほども知らずに、のこのこと姫山の直近に引っ越してきた私は、いったいぜんたいどう対処すればよいのでしょうか。私の出身は横浜ですが、赤ちゃんに被害をもたらすほどのパワーが、成人女子の顔やお肌に、良い影響を与えるとは到底考えられません。ですから、この伝説を知ってから、やたらと自分の顔が気になりだしました。
気になりだすと、鏡を見る回数と時間が激増します。今まで気づかなかった変なところが、また気になりだします。伝説とは不思議なものです。見れば見るほど、おかしな顔に見えてくるのです。
そして満月の夜、ついに恐ろしいことに気づいてしまいました。姫山の上に月が昇る晩は、月明かりで眉毛がだんだん薄くなるとともに、顔がどんどん長くなるのです。本当に迷惑千万な伝説です。
もちろん、冗談に決まっています。
(写真は、湯田温泉駅前の、巨大白狐)